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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)571号 判決

控訴人 被告 林義武

訴訟代理人 松永二夫

被控訴人 原告 小枝みさ

訴訟代理人 田中又一

主文

本件控訴は、これを棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文同旨の判決を各求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、控訴人が被控訴人より、昭和二十五年十二月三十一日及び昭和二十六年一月一日の二回に亙つて受取つた合計金五万三千円は、被控訴人の主張するような貸金ではなく、昭和二十五年十二月末、被控訴人が控訴人に交付した、同年十二月三十一日附有馬信用組合振出にかかる金額十万円の小切手の割引金である。即ち、控訴人は、訴外今井昌彦ならびに笠松久の委託によつて、今井がその所有の山を売却した代金受領のため所持していた右小切手で、同訴外人等のため、被控訴人に金融を依頼した結果、右のように割引を受けるに至つたものである。かりに被控訴人主張のように貸金であるとしても、右貸金の支払は、小切手の返還と同時になさるべき関係にあるものというべきであるから、右同時履行の抗弁を以てこれに対抗すると述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として

被控訴代理人は、甲第一、二号証を提出し、原審証人山越きくゑの証言及び原審並当審における被控訴人本人尋問の結果を各援用し、控訴人代理人は、原審証人山越きくゑ、同笠松久の各証言及び原審並当審における控訴人本人尋問の結果を各援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

まず、被控訴人主張の(一)の貸借について按ずるに、成立に争のない甲第一号証(金員借用証)の記載ならびに同号証が被控訴人の手裡にあることと、原審並当審における控訴人(但し一部)、被控訴人各本人の供述を綜合すると、被控訴人は、昭和二十五年九月頃、控訴人に対し、金十万円を利息月八分の約定で貸与していたが、昭和二十六年一月三十一日右債務を、金額同額、利息月六分その弁済期毎月末日、元本の弁済期同年七月三十一日とする貸金債務に改める旨の準備費貸借をなし、その証書として甲第一号証を作成した上、被控訴人に差し入れたものであることが認定できる。控訴人は、右貸借の真の貸主は、河内の農家(氏名不詳)であると主張するが、この点に関する右控訴人本人の供述は、前記証拠に照してたやすく信用できないし、他に右認定を覆して該主張を確認せしめるに足る証拠がない。又控訴人は、被控訴人において、右債権を訴外株式会社竹越商店に譲渡し、その対価によつて債権の回収を得ていると主張するが、控訴人本人の供述、その他控訴人の挙示する全証拠によるもこれを認め難きのみならずかえつて、原審証人山越きくゑの証言によると、右譲渡のなかつた事実が肯認できるから、控訴人の該主張もまた採用しない。

つぎに、被控訴人主張の(二)の貸借の成否について判断するに、前記被控訴人本人の供述によると、被控訴人は、昭和二十五年十二月末頃、控訴人より、短期の金融を求められて承諾し、かつ控訴人より右貸借金の支払確保のため、同月三十一日附有馬信用組合振出の金十万円の持参人払式小切手一通を受取つたので、右小切手を金融業者である株式会社竹越商店に差し入れて金員を調達した上、自己の名において、控訴人に対し、同年十二月三十一日金三万円、昭和二十六年一月一日金二万三千円以上合計金五万三千円を、利息月一割弁済期昭和二十六年一月八日頃の約で貸与したものであること、ならびに右小切手は、貸金の返済期たる一月八日頃、竹越商店よりの支払呈示に対し、不渡処分になつたので、被控訴人において、竹越商店に対し、さきに調達を受けた右金員を返済した上、該小切手を受け戻した関係にあることが認定できる。

控訴人は、右金五万三千円は、小切手の割引金であると主張するが、この点に関する前記控訴人本人の供述は、信用し難く、他に右認定を覆し、控訴人の主張を肯認せしめるに足る証拠がない。

なお、控訴人は、右貸金債権の行使は、小切手の返還と引換えになされるべきであると主張するので、この点について審究するのに、右認定の如く、既存債務の支払確保のために、小切手が交付せられた場合、特段の事由なき限り、債権者において、小切手債権に先立ち、既存債権を行使するはその任意であるとともに、一面債務者は、小切手の返還と引換えでないことを理由にして、既存債務の履行を拒否し得るものと解するを正当とする。(昭和一三年一一月一九日大判参照)けだしそうでないとすれば、債権者において自由に小切手を他に譲渡し得る関係上、もし小切手が善意の第三者の手中に入るにおいては、債務者において二重払を余儀なくせられることもあり得べく、そうでないとしても、債務者において小切手の返還を受けた上、さらに小切手上の債務者に対しその権利を行使することを不能ならしめるに至るおそれがあるからである。従つて、本件においては、被控訴人は、一応右小切手の返還と引換えにのみ、貸金債権を行使し得るものというべきであるが、さらに本件小切手を検討するにその呈示期間後、既に六箇月の消滅時効期間を経過していること前段認定の事実によつて明らかであり、かつ時効中断の事跡も認められないから、該小切手債権は既に消滅時効に罹つたものというべく、この場合控訴人において、被控訴人に対し、或は利得償還請求権の譲渡を請求するなり又は損害賠償請求をする等の救済手段の存することは別として、もはや、貸金債権の行使に前記の如く、小切手の返還との引換えを要請すべき理由は失われたものというべきであるから、この点に関する控訴人の抗弁は採用し難い。

さらに被控訴人主張の(三)の貸借、即ち、控訴人が、被控訴人より、訴外沢虎市に対する貸金債権の取立を依頼せられ、被控訴人主張の内訳の如く、昭和二十五年十一月二十六日から昭和二十七年十月二十九日までの間に、前後十回に亙り、合計金三万五千円を同訴外人から取立てるとともに、右取立の都度、被控訴人よりその取立金を利息月四分、弁済期の定めなくして、これを借り受けたことは、控訴人の認めるところである。

そうであれば、控訴人は、被控訴人に対し、以上(一)(二)(三)の貸金合計金十八万八千円、ならびに内金十八万七千五百円(右金十八万八千円より前記(三)の昭和二十七年十月二十九日附貸付金五百円を除外したもの)に対する昭和二十七年一月一日以降、内金五百円(右除外の貸付金)に対する同年十月二十九日以降各完済に至るまで、約定利率を制限利率に引き直した年一割の利息及び遅延損害金の支払をなすべき義務あること明瞭であり、被控訴人の本訴請求を右の限度で認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三百八十四条及び第八十九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉村正道 判事 大田外一 判事 金田宇佐夫)

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